大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)4298号 判決

原告 亀有信用金庫

被告 秋本伊三郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一、八八一、四三八円及びこれに対する昭和三三年六月一三日より右金員完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

「一、原告は元商号を亀青信用組合と称していたが、昭和二四年六月一三日その名称を亀有信用組合と変更、昭和二五年四月一日亀有信用組合に組織変更をなし、更に昭和二七年二月一四日信用金庫法による信用金庫に改組し、商号を亀有信用金庫と改めた。

二、原告は昭和二四年二月二日その組合員であつた訴外山崎建設工業株式会社(以下訴外会社という)と当座取引契約(その内容は別紙甲第二号証の一のとおり)を締結し、被告は同日原告に対し右当座取引上の債務を保証した。

三、右当座取引契約は、訴外会社が、貯金高を超えて小切手を振出した場合(これを過振りという)に、原告の見込でその支払をなしたときは、その旨の通知をうけた訴外会社は通知あり次第直ちに不足金を原告え入金すべき約定(甲第二号証の一第五項参照)を含んでいた。そして、昭和三〇年一月一三日当時、右当座取引に基いて訴外会社が右過振りによつて原告に対して入金しなければならない不足金の額は金一、八八一、四三八円であつた。(以下本件立替金という)

四、よつて、保証人である被告に対して右立替金一、八八一、四三八円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三三年六月一三日より右金員完済まで民法所定の年五分による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、

被告の答弁に対して、

「一般に当座勘定取引契約において、預金者は、預金高を超えて手形、小切手等を振出すことができないのは本件甲第二号証の一の第五項の規定するのと同様であるが、実際問題として、預金者の中には支払期日までに支払資金を調達預金する予定のもとに、振出時にはこれを見合う預金がないのに拘らず、手形、小切手等を振出す場合があり、このようなときに、支払資金の調達ができないときは、不渡処分をうけることとなるのであるが、金融機関としては、預金者の懇請によつて、或は独自の立場から預金者の信用担保等を考慮して立替払をして預金者の一時的窮状を救うということがある。従つてこのようなとき、預金者は金融機関に対して当座勘定取引契約による右の立替金支払債務を負担することとなり、この債務について人的或は物的担保を必要とすることがあるのである。

本件の場合も右の例に洩れず、原告の常務理事としてこのようなことを知悉していた被告が、訴外会社を原告に紹介斡旋をして本件当座勘定契約を成立させた関係上、訴外会社に将来生ずることの予想された右立替金支払債務の保証をなしたものであり、特に貸越限度額を定めた貸越契約が存在しないからといつて、保証債務の成立を否定することはできない。このことは、被告が昭和二六年一一月二八日の原告(当時亀有信用組合)の関東財務局の金融検査官に対する答申書(甲第二二号証)に理事として署名捺印して、訴外会社の本件立替金債務について、自己が保証人となつていることを承認していることからみても明かである。」と述べ

更に被告の仮定的抗弁に対しては、

「(一) 被告主張の更改契約を否認する。原告は昭和二九年一〇月二四日主務官庁の監査をうけた際、訴外会社に対する本件当座取引上の赤字を処理するよう戒告を受けたので、昭和三〇年一月一三日訴外会社に対して右立替金の支払期限を半ケ年間猶予し昭和三〇年七月一三日までとするとともに、その間本件立替金について日歩四銭五厘の利息を附すこと、期限後は日歩六銭の遅延損害金を支払うこと等の条件で振替の形式で訴外会社に対する当座預金元帳の赤字を抹消したにすぎない。

甲第五号証の二一(当座預金元帳)の黒字の記載が、単に右のように訴外会社に対して立替金支払の期限の猶予をしたものといえないとしても、右記載は次のような事実によつてなされたものである。即ち、原告は訴外会社どの間に、昭和三〇年一月一三日右立替金債務金一、八八一、四三八円と右訴外会社が当時既に過振出してあつた先日付小切手支払の引当金一一八、五六二円以上合計金二、〇〇〇、〇〇〇円を目的として、これを訴外会社に対する消費貸借上の債務(利息、損害金前記のとおり、弁済期昭和三〇年七月一三日)とする準消費貸借契約を締結した結果、当座預金元帳を赤字から黒字に書替えたものであり、この金二、〇〇〇、〇〇〇円の貸付金を、被告主張のような一、三〇〇、〇〇〇円と七〇〇、〇〇〇円の二口の証書貸付債権とし、これについて訴外山崎辰二との間に、同人をして訴外会社の右債務を重畳的に引受させるとともに、これが担保として被告主張のような抵当権の設定、代物弁済の予約、保証等をつけたのである。そして、右金二、〇〇〇、〇〇〇円債務を右のように二口に分けたのは、担保物である訴外山崎辰二名義の家屋と同人の妻ふじ名義の家屋の各評価額を勘案した結果そのようにしたものである。

(二) 被告主張の信義則違反の事実を否認する。本件取引は『出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律』にはなんら関係ない。

(三) 被告主張の通知義務は原告にない。なぜならば、本件立替金の額についてみても、それは、訴外会社の事業、信用等からみて保証当時から、被告において予期し、又は予期し得べかりしものであつたからであり、更に本件保証後においても、訴外会社の事実上の代表者であつた、訴外山崎辰二と、互に保証し合つて、本件以外にともに原告から融資をうけていた被告は、原告の訴外会社えの本件立替払の状況も、これをよく知つていたものといえるからである。したがつて『身元保証に関する法律』の適用、準用はない。」と、述べた。

被告訴訟代理人等は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因事実について、

「原告主張請求原因一、の事実は認める。同二の事実中原告が昭和二四年二月二日訴外会社とその主張のような当座取引契約を締結したことは認めるが、その他の事実は否認する。被告が当座取引約定書に署名捺印したのは、もともと原告と訴外会社間の当座取引は、被告が訴外会社を原告組合の理事長矢沢註二に紹介したことに端を発したものであつた関係上、右当座取引契約の斡旋紹介者という意味でなしたものであり、当座取引契約上生ずる原告主張のような訴外会社の債務を保証する意味でなしたものではない。即ち、原告のような金融機関が当座取引を結ぶのには、その相手方がこれを悪用して、延いては金融機関の信用をも害するような小切手振出をする者でないことを調査することを普通とするが、相手方がそのようなものでないことを保証する意味で紹介者を得てこれに代えることがある。被告が前記約定書に署名したのも、その意味の保証にしかすぎないものである。このことは当座取引は預金の範囲内で小切手振出人としての相手方の支払事務の処理を目的とするにすぎないことからみて、その性質上保証人を必要としないものであることからみても明かである。仮りに、被告が当座取引約定書の保証人欄に、署名捺印したことが、原告主張の同約定書第五項の立替金債務の保証をなしたことになるという見解に従つても、本件立替金は一時的救済としてのいわゆる立替ではなく、実質的には、当座貸越契約にもとずく、貸付金であつて約定書第五項の立替金ではない。このことは、原告提出の当座貯金或は預金台帳をみれば、昭和二六年頃から連続的に貸越となつており、当座預金残高が常に赤字であることからみても明かである。要するに原告に当座勘定契約と当座貸越契約を混同したが、或は前者があるときには当然後者も相ともに存在すると誤解しているのである。しかし、原告と訴外会社間には当座勘定契約はあつたが、当座貸越契約はなかつたものであり、したがつてその保証などあり得ないのである。」と述べ、

仮定的抗弁として、

「(1)  仮に被告が本件立替金について保証したとしても、訴外会社の原告に対する当座取引上の立替金債務金一、八八一、四三八円は昭和三〇年一月一三日訴外山崎辰二と原告間の債務者の交替を目的とした更改契約により消滅した。即ち、当時訴外会社は経営状態が思わしくなく、同会社から立替金の支払をうけうる見込のないことを思つた原告は、訴外会社の取締役であつた右訴外山崎辰二との間に、同訴外人が弁済期昭和三〇年七月一三日、利息日歩四銭五厘、弁済期後の損害金日歩六銭の約で金一、三〇〇、〇〇〇円及び金七〇〇、〇〇〇円の二口の債務を負担することとし、右金一、三〇〇、〇〇〇円の債務につき、同人の妻である訴外山崎ふじが保証し、訴外山崎辰二所有の家屋に抵当権を設定し、かつ代物弁済の予約をし、右金七〇〇、〇〇〇円の債務について訴外山崎ふじ所有の家屋に抵当権を設定しかつ代物弁済の予約をするとともに、その代りに、訴外会社の原告に対して負担する本件立替金債務については、その当座勘定に二、〇〇〇、〇〇〇円を入金のあつたこととして、訴外会社の右立替金債務を消滅させる契約をなしたのである。そしてこのことは原告提出の甲第五号証の二一(当座預金元帳)の記載から明かである。

(2)  原告主張の過振りによる本件立替金債務は、実質的にこれをみると原告代表者理事長矢沢註二が、その地位を利用して、第三者である訴外会社の利益を図るため、訴外会社に対し貸付をしたのと同一であるから、本件過振りによる立替金支払は、『出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律』第三条、第一一条違反行為であり、原告代表者自らの違法行為によつて回収不能の債権を生じたのであるから、これについて被告の保証責任を追求するのは信義則に反する。

(3)  継続的契約関係の保証では、保証人の関与しない事情でしかもその責任に影響ある状態を生じたときは、債権者はこれを保証人に通知するのが条理上当然であるのに(身元保証に関する法律第三条は保証人への通知義務を明規する。)原告は昭和三二年一〇月二二日被告に対して本件立替金の支払請求をするまで何等支払請求をしたこともなく、したがつて、原告と訴外会社の過振り立替支払の状況について一片の通知すらしていなかつた。したがつて、原告の請求は失当である。」と述べた。

証拠として、原告訴訟代理人は、「甲第一号証、二号証の一、二、三号証の一、二、四号証の一ないし三、五号証の一ないし二五、六号証の一、二、七号証、八号証の一、二、九号証の一ないし三、一〇号証の一ないし三、一一号証、一二号証の一ないし七、一三号証の一、二、一四号証の一、二、一五号証の一、二、一六号証の一、二、一七号証、一八号証の一、二、一九号証の一ないし四、二〇号証の一、二、二一号証ないし二三号証、二四号証の一ないし三、二五号証、二六号証の一ないし三、二七号証の一、二及び二八号証の一、二を提出し、証人蛯原俊夫、同中茎政男及び同石川新一郎の証言を援用し、乙号各証の成立を認め、乙第四、第五号証の原本の存在ならびにその成立を認める。」と、述べた。

被告訴訟代理人等は、「乙第一ないし六号証及び第七ないし一一号証の各一、二(乙第四、第五号証は写)を提出し、証人山崎辰二、同山崎一利の証言並びに被告本人尋問の結果を援用し、甲第二号証の二、第四号証の一、第二三号証、第二五号証、第二六号証の一ないし三、第二七号証の一及び第二八号証の一、二の成立は不知、第二号証の一、第三号証の一、二及び第四号証の二、三については被告名下の各印影が被告の印顆による印影であることは認めるがその他の部分は不知、第二二号証は末尾の「秋本伊三郎」の記載が被告の署名であることは認めるがその他の部分については不知、その他の甲各号証の成立は認める。甲第五号証の一ないし二四は利益に援用する。」と、述べた。

理由

(一)  原告主張請求原因一、の事実と、原告主張の昭和二四年二月二日訴外会社と原告との間に、原告主張のような内容を有する当座勘定取引契約の成立したことは、本件当事者間に争のない事実であり、又被告本人の供述によれば、右当座勘定取引契約に際して、訴外会社が原告に差入れた約定書(甲第二号証の一)の冒頭保証人と不動文字によつて表示された欄にある被告の署名押印が、真正に成立したものであることが認められる。

(二)  原告は右甲第二号証の一の第五項記載のいわゆる過振りによる訴外会社の原告に対する立替金支払債務について、被告が原告に対して保証を約したものであり、この保証契約上の意思表示は右甲第二号証の一を原告に差入れることによつてなされたものであると主張し、被告はこれを争うので、この点についてまず判断をする。

証人山崎辰二の証言と被告本人の供述とによると、前記当座勘定取引契約に当つて、当時訴外会社或はその事実上の代表者であつた訴外山崎辰二は、まだ原告の組合員ではなかつたところから、原告と当座勘定取引を開始するには、原告の役員等の紹介がなければならなかつたので、被告は当時原告の専務理事であつた干係上理事長矢沢註二の依頼によつて訴外会社を原告え紹介するという意味で約定書の保証人欄え署名押印をしたものでありその紹介ということは、訴外会社は当座勘定に伴う小切手振出権限を悪用してあるいは濫用原告をして当座勘定取引を解約するの止むない状態におちいらせたり又解約後における未使用小切手の回収について、原告に迷惑を及ぼし、ひいてはその金融機関としての一般的な信用を害するようなものでないこと明かにするという程度のことを事実上保証したにすぎないもので、文言には保証人とあるが決して法律上の保証責任を負担する意味をもつていなかつたことが認められるのであり、この点について、法律上の保証を意味したものであつたよう供述をする証人中茎政男同石川新一郎の供述部分は以下に述べるところによつて到底当裁判所の措信できないところである。

(三)  即ち、

一般的について当座勘定取引はそれが当座貸越を伴う場合は別として、それのみでは、単に預金の範囲内において、小切手振出人である預金者の小切手支払事務を処理することを目的とするにすぎないものであり、このことは、本件訴外会社と原告との契約においても、その例に洩れるものではないことは、前記約定書の規定する各条項によつて明かであり、原告主張の同規定第五項によるいわゆる過振りに対する立替金についても、それはその規定の文言自体からみてもその立替支払は例外的にしかも原告見込とその意思のみによつて一時的便宜的になされるものであり、たとえ一時的便宜的にもせよ、原告が予め当座勘定の相手方である訴外会社あるいわ紹介をした被告に対し、過振りについて立替支払をする義務を負担することを約し、(これは当座貸越としてなされることである)これにもとずいて支払をなすものでないことが明かである。したがつて本件原告の主張する本件の右規定第五項による過振り立替支払による債務は、本件当座勘定契約による委任事務処理費用とはいえないものであり、これについて何等法律上の保証契約を締結する必要性はなかつたものであり、一方原告は本訴において、単なる当座勘定契約のみでなく、これに伴つてなされた当座貸越契約の存在(右規定第五項にいわゆる「特約」)を主張立証していないからである。

(四)  以上の次第であるから、原告と被告との間に本件約定書の差入れによつて保証契約が成立したという原告の主張はこれを容れることはできないし、他に原告被告間に原告主張の保証契約成立の事実を認めるに足りる証拠は存在しない。

よつて、保証契約の存在を前提とする原告の請求は、その余の点の判断をするまでもなく失当として棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 安藤覚)

規定

一、当座勘定ニハ現金ノ外手形、小切手ヲ以テ振込ヲ為スコトヲ得

二、前項手形、小切手等ノ取立ヲ了シタル後ニアラザレバ之ニ対スル金額ノ引出ヲ為スコトヲ得ズ

三、手形小切手等ニシテ不渡トナリタルトキハ権利保全其他ノ手続ヲ履マズ其儘振込人ニ取戻シ其全額ニ対スル受入ヲ取消スベシ

四、当座勘定ノ引出ニハ当組合所定ノ小切手用紙ヲ使用セラルベシ

但シ当組合ヲ支払場所又ハ支払担当者トシタル約束手形又ハ引受アル為替手形ハ当組合ニ其ノ支払ヲ依託セラレタルモノト認メ満期日以後之ヲ呈示スル者に対シ当座勘定ヨリ支払フベシ

五、特約ナクシテ貯金高ヲ超エテ小切手ヲ振出スベカラズ若シ振出シタルトキハ当組合ハ支払ヲナサザルベシ但シ右ノ場合当組合ノ見込ヲ以テ支払ヲナシタルトキハ通知アリ次第直チニ不足金を入金セラルベシ

六、小切手ノ支払保証ヲナシタルトキハ当組合ニ於テ全然支払ノ義務ヲ負担スベキニ付其金額ヲ当座勘定ヨリ引去ルベシ

七、当座勘定ニシテ小切手又ハ手形ノ全額ヲ支払フニ足ラザルトキハ当組合ハ一部支払ヲ為サズ又同時ニ呈示セラレタル数通ノ小切手、手形の総額ヲ支払フニ足ラザルトキハ其何レヲ支払ウモ当組合ノ任意トス

八、小切手及手形ニ用ユル印鑑筆跡ハ予メ当組合ニ差出シ置カルベシ代人ヲ以テ取引セラル、場合又同ジ右印鑑ニ照合シ手形、小切手ノ支払ヲ為シタル上ハ其ノ喪失又ハ印章盗用其他如何ナル事故アルトモ当組合ハ其ノ責ニ任ゼザルベシ

九、当座勘定ノ利息法及預リ利率ハ別ニ之ヲ定ム但シ預リ利息ノ計算ニ於テハ金壱百円ヲ以テ単位トス

十、当座勘定ハ毎年二回(五月、十一月)元利金計算ノ上其ノ残高ヲ報告シ承認ヲ求ムベシ右計算書発送ノ日ヨリ 週間内ニ回答ナキトキハ異議ナキモノト看做スベシ

十一、当座預金残高帳ハ時々之ヲ当組合ニ差出シ記入ヲ求メラルベシ若シ誤謬アリト認メタルトキハ直チニ照会セラルベシ

十二、振込切符残高帳、小切手用紙又ハ印章ヲ喪失シタルトキハ其旨当組合ニ届出ラルベシ

十三、当座勘定ノ取引ニハ此ノ規定ノ外小切手用法ヲ確守セラルベシ若シ之ニ違背シタル為メ損害ヲ生スルコトアルモ当組合ハ其ノ責ニ任ゼザルベシ

十四、当座勘定ノ取引ハ当組合ノ都合ニ依リ何時ニテモ解約スルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ小切手用紙ノ残余ハ当組合ニ返戻セラルベシ

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例